テレビで見かける宇賀なつみさん。
サバサバした話し方が印象的だけど、どんな人生を歩いてきたんだろう?と思ったことはありませんか。
この記事では、彼女の学歴と経歴を詳しくご紹介します。
入社当日に報道ステーションの気象キャスターとしてデビューした異例のキャリアの秘密もお伝えします。
幼少期からアナウンサー志望だった理由や、2019年のフリー転身から2026年9月に発売される新エッセイ『おもうがたび』のことまで、彼女の歩みがひとつにまとまっています。
宇賀なつみのプロフィールと基本情報
- 氏名:宇賀なつみ(うが なつみ)
- 生年月日:1986年6月20日
- 出身地:東京都練馬区
- 血液型:AB型
- 身長:164cm
- 愛称:宇賀ちゃん
- 2009年4月:テレビ朝日入社
- 2019年3月末:テレビ朝日退社
- 2019年4月:フリーアナウンサーへ転身(自身で会社を設立・完全フリーランス)
東京都練馬区大泉学園で過ごした幼少期
生まれも育ちも、東京都練馬区の大泉学園。
宇賀さんにとって、この街はまさに人生の土台になっている場所なんです。
商店街で八百屋さんや豆腐屋さんに寄る、そんな下町っぽい温かさの中で、のびのびと育ったそうなんですよ。
外遊びが大好きで、いつも公園を駆け回っていた元気な女の子。
そんな幼少期のエピソードを、少し覗いてみましょう。
小学校時代のバレーボールとバトンの日々
小学校時代の宇賀さんは、とにかくアクティブな女の子だったそうです。
体を動かすことが大好きな活発な女の子だったそうです。
なお、通っていた小学校は「大泉南小学校」と言われています。
本人が直接校名を明言しているわけではありませんが、自身のSNS等で同郷の女優・観月ありささんが小中学校の先輩であることを公表している背景もあり、信憑性の高い情報として知られています。
地元の公園が、公園デビューの場所。
ここで出会った友達とは、今も続く長い付き合いになっているそうなんですよ。
商店街を歩けば同級生の家がお店をやっていることも多くて、いわゆる「顔なじみに囲まれた子ども時代」を過ごしました。
地元の商店街の馴染みのお店で買い食いをした思い出があるのだとか。
なんだか、聞いているだけで昭和の終わりから平成の情景が浮かんできませんか。
言葉で伝えることが好きだった宇賀さんは、小学校の卒業文集に「将来の夢はアナウンサーか新聞記者」と書いていたそうです。
すでにこの頃から、進む方向がなんとなく決まっていたんですね。
小学生の頃からラジオパーソナリティのお姉さんに憧れて喋り方を真似したり、テレビの提供読みを練習したりする、ちょっとおませな女の子だったのだとか。
中学校時代の吹奏楽部と自分改革の転機
中学に上がると、宇賀さんは吹奏楽部に入って音楽の世界に没頭します。
通っていた中学校は「大泉第二中学校」と言われています。
こちらも公式に校名が明かされているわけではありませんが、前述の通り本人が同郷の先輩について言及していることなどから、有力な情報として広まっています。
小学校のときにスポーツをやっていた子が、中学で急に楽器を始めるって、けっこう大きな方向転換ですよね。
新しいことに飛び込むエネルギーが、この頃からすでにあったのかもしれません。
都立大泉高校での応援団活動と青春時代
高校は、地元の都立大泉高校へ。
これは本人がインタビューでも語っている公式の情報で、名門進学校としても知られる学校です。
大泉高校は校則もなく、髪を染めるのもピアスも服装も自由。
ホームルームは週に一度しかなくて、自分の授業時間に合わせて登校すればいい、というかなり大人な校風だったそうです。
そんな自由な空気の中で、宇賀さんが打ち込んだのが応援団の活動でした。
本人いわく、最初は「チアリーディングみたいなキラキラしたもの」だと勘違いして入ったのだとか。
でもフタを開けてみたら、ものすごく硬派な世界。
なんか、想像できる気がしませんか。
校則がなく自由な校風のなか、自分のペースで学生生活を謳歌していたそうです。
そんなふうに世界がぐんと広がっていった、彼女の青春時代でした。
立教大学社会学部産業関係学科での学生生活
大泉高校を卒業したあとは、西武池袋線に揺られて池袋の立教大学へ。
社会学部という、広く社会の仕組みや人間関係を学ぶ学部へ進みました。
赤レンガの校舎に囲まれたキャンパスで、宇賀さんは「話す仕事」の面白さに本気で触れることになります。
ここでの4年間が、アナウンサーへの道を決定づけたんです。
2005年入学から2009年卒業までの歩み
宇賀さんが立教大学に入学したのは2005年で、卒業は2009年。
立教大学社会学部での4年間を過ごしました。
地元の大泉学園から西武池袋線で池袋までは、通学もラクだったそうですよ。
大学時代に楽しみにしていたのが、通称「赤レンガ講座」。
テレビ局や新聞社、出版社、広告会社など、各業界で活躍する立教のOBOGが講演してくれる授業です。
メディアの現場の生々しい話が聞けて、毎回ワクワクしっぱなしだったのだとか。
ちなみに卒業して10年以上経った2019年10月には、母校の立教大学でキャリア講演会を開催しています。
約500人の後輩を前に、自身の生き方について語ったそうです。
アナウンサーを志したきっかけと就職活動
アナウンサーを目指した決定打は、「赤レンガ講座」のある一日にありました。
テレビ朝日の先輩である川瀬眞由美さんが登壇された回のことです。
ほかの講師の方たちは、レジュメやパワーポイントを使って講演していた。
でも川瀬さんはマイク1本と、自分の話術だけで90分間、学生たちを飽きさせずに話し続けたんです。
その姿を見た宇賀さんは「アナウンサーってすごい」と、雷に打たれたような衝撃を受けたそうです。
もともと、自分が目にしたものや感じたことを言葉で伝えるのが好きだった。
ラジオや提供読みを真似していた小学生時代からの憧れが、この職業にしっかりと繋がったわけです。
好きなことを仕事にしたい、その思いを胸に就職活動を進め、テレビ朝日の内定を勝ち取りました。
2009年テレビ朝日入社と局アナ10年間の担当番組
2009年4月、宇賀さんは晴れてテレビ朝日に入社します。
ここから2019年3月までの丸10年間、局アナとしての濃密なキャリアが始まるんです。
新人時代から看板番組に抜擢されて、その後もスポーツ、朝の情報番組へと着実に活躍の場を広げていきます。
まさに「テレ朝の顔」のひとりでした。
入社当日『報道ステーション』気象キャスター抜擢
驚くのは、宇賀さんのデビューがまさかの入社当日だったこと。
2009年4月1日、その日のうちに『報道ステーション』の2代目気象キャスターとしてお茶の間に登場しました。
新入社員が、いきなり夜のニュース番組の生放送。
しかも古舘伊知郎さんがメインキャスターを務めていた当時の看板番組ですから、そのプレッシャーは相当なものだったはずです。
気象キャスターは2011年8月まで、2年以上にわたって担当しました。
宇賀さん自身も、母校での講演で「入社当日のデビュー」を語り、就職活動に励む後輩たちの背中を押しています。
いきなり全国区でスタートを切るなんて、なかなかできる経験じゃないですよね。
スポーツキャスターや『モーニングショー』での活躍
気象キャスターを卒業した宇賀さんは、2011年8月から同じ『報道ステーション』のスポーツキャスターに転向。
2014年3月まで、スポーツの世界を伝える顔として活躍しました。
そして2014年4月からは、朝の情報番組『グッド!モーニング』のサブキャスターを務めました。
さらに2015年10月から2019年3月までは、あの『羽鳥慎一モーニングショー』のアシスタントに転じました。
朝の情報番組ってバタバタで、しかも視聴率争いも激しい世界。
そこで4年近くも第一線に立ち続けたのは、本当にすごいことだと思います。
局アナ時代の最後は『モーニングショー』での日々。
「朝の顔」として毎朝、視聴者に元気を届ける仕事に打ち込みました。
2019年フリー転身後から2026年最新の活動状況
10年勤めたテレビ朝日を、宇賀さんは2019年3月末に退社。
翌4月からはフリーアナウンサーとしての新しい人生をスタートさせました。
一般的な芸能事務所には所属せず、自身で会社を立ち上げて全ての業務を一人でこなすという「完全フリーランス」の道を選んだ彼女は、テレビ、ラジオ、本の執筆まで活動の幅をぐんと広げています。
局アナ時代から続く『池上彰のニュースそうだったのか!!』と独立後の新番組
局アナ時代からずっと担当してきた番組が、テレビ朝日系の『池上彰のニュースそうだったのか!!』です。
宇賀さんは2014年4月から前身番組である『ここがポイント!! 池上彰解説塾』のアシスタントを担当し、2015年4月に放送開始した『池上彰のニュースそうだったのか!!』においても引き続き進行役を任されるようになりました。
フリーになった今でも、この番組は継続担当。
池上彰さんとの息の合った掛け合いは、フリー転身後もそのまま続いているんですよ。
独立後の新番組もかなり多彩です。
フジテレビ系『土曜はナニする!?』では山里亮太さんとコンビで司会を務め、2020年4月からスタート。
ラジオではTOKYO FMの『SUNDAY’S POST』や、自身初となる冠番組であるTBSラジオ『宇賀なつみ BATON』などのパーソナリティを担当しました。
また、テレビにおけるフリー転身後初の冠レギュラー番組『川柳居酒屋なつみ』では、小料理屋の女将風のMCとして話題になりましたよね。
2026年9月発売のエッセイ本『おもうがたび』と近況
そして最新のニュースがこちら。
宇賀さんの第2弾となる旅エッセイ『おもうがたび』が、2026年9月16日に幻冬舎から発売されます。
国外27か所、国内13か所。
地球を舞台にした3年間の旅を綴った、全40篇の作品集です。
「世界を歩きながら、自分自身と向き合い、誰かをおもう日々」というコンセプトで、40代を迎えた彼女の、30代の集大成としてのリアルな心情が詰まっているそうですよ。
発売を記念して、2026年9月22日には紀伊國屋書店でトーク&サイン会も予定されています。
同書のなかで、宇賀さんは「フリーランスとして働いているので、スケジュールは全て自分次第」と綴っており、自由な働き方をとても楽しんでいる様子がうかがえます。
40代という新たなステージでも、旅と言葉を通してどんどん新しい景色を見せてくれる。
そんな宇賀なつみさんの、これからがますます楽しみになりますね。
まとめ
新人にも関わらず入社当日から『報道ステーション』の顔を任され、局アナとして10年間走り抜けた宇賀なつみさん。
小学校の卒業文集に書いた「アナウンサーになりたい」という夢を、そのまま叶えてきたなんて、なんだかすごいと思いませんか。
2019年のフリー転身後は、テレビにラジオ、そして本の執筆までジャンルを問わず活躍の場を広げています。
2026年には旅エッセイ『おもうがたび』を発売し、40代という新しいステージへ踏み出す宇賀さん。
これからも自分らしいペースで、新しい景色をどんどん見せてくれそうですね。

