「卓球天使」と呼ばれて話題になった菊池日菜さん。
どこの高校や大学に通っていたのか、気になったことはありませんか?
実は中学から卓球を始めて、青森の強豪校や大学でも競技を続けてきた努力の人なんです。
そして今は、俳優という新しい道へ踏み出しています。
この記事では、菊池日菜さんの出身高校・大学といった学歴と、卓球から俳優になるまでの経歴を、詳しく紹介していきます。
菊池日菜のプロフィール
「卓球天使」という呼び名で、SNSを中心に注目を集めた菊池日菜さん。
卓球に打ち込むまっすぐな姿と、やわらかな雰囲気のギャップに惹かれた人も多いはずです。
まずは生年月日や出身地、混同されやすい名前の違いから見ていきましょう。
菊池日菜の基本情報
菊池日菜さんは、2004年2月11日生まれの埼玉県出身です。
2026年10月時点では22歳で、身長は156cm、血液型はO型と公表されています。
特技は卓球とスポーツ全般で、全日本選手権やインカレにも出場した経験があります。
趣味は食べること、運動、映画鑑賞、自然にふれることだそうです。
オフの日には、お寿司や焼肉を楽しむこともあるようで、親しみやすい一面も感じられます。
愛称の「卓球天使」が広がったきっかけは、2023年7月のTリーグ開幕戦です。
ボールパーソンをしていた姿がSNSで拡散され、たちまち話題になりました。
競技を支える立場で会場にいた大学生が、一枚の写真をきっかけに多くの人に知られるようになる。
今の時代らしい出来事ですよね。
本名や読み方は?同じ読みの菊地姫奈・菊池日菜子との違い
菊池日菜さんの読み方は「きくち・ひな」です。
学生時代から「菊池日菜」という名前でインターハイや全日本選手権などの公式戦に出場しており、公式の競技記録に残されていることから、これが本名であると考えられます。
また、同じような名前の有名人がいるため、検索すると混同されることがあります。
菊地姫奈さんは、「菊地姫奈」と書くグラビアアイドル・俳優・モデルです。
読み方は同じ「きくちひな」ですが、漢字が異なります。
菊地姫奈さんは2004年10月19日生まれの茨城県出身で、菊池日菜さんとは別人です。
さらに、俳優の菊池日菜子さんもいます。
こちらは「きくち・ひなこ」と読み、2002年2月3日生まれの福岡県出身です。
卓球の菊池日菜さんは、「菊池日菜」と書いて「きくち・ひな」。
この漢字と読み方を覚えておくと、迷わず区別できます。
菊池日菜の学歴①中学時代|地元埼玉の中学で卓球を始めた
菊池日菜さんが卓球を始めたのは、小学生ではなく中学生になってからでした。
全国レベルの選手には幼いころから競技を始めている人も多いなかで、決して早いスタートではありません。
それでも努力を重ね、青森の強豪校へ進むまでに成長していきました。
卓球を始めたのは中学から|早くないスタートからの挑戦
菊池日菜さんが卓球と出会ったのは、埼玉県川越市内の中学校と言われています。
中学1年生ごろに卓球部へ入り、競技に本格的に取り組み始めたようです。
卓球は、小学生のころからクラブチームなどで練習を積む選手も少なくありません。
そんななかで中学から競技を始めるのは、簡単なことではなかったはずです。
本人も後に、「中学から卓球を始め、決して早いスタートではなかった」と振り返っています。
それでも周囲の支えを受けながら、練習を続けて力をつけていきました。
中学生のころからTリーグを観戦し、トップ選手が戦う舞台に憧れを抱いていたそうです。
始める時期が遅くても、目標を見つけて努力を重ねれば道は開ける。
菊池さんの歩みは、そんなことを感じさせてくれます。
菊池日菜の学歴②高校|青森・五所川原商業へ卓球留学
高校進学を機に、菊池日菜さんは埼玉を離れて青森県へ向かいました。
進学先は、全国大会の常連として知られる五所川原商業高校です。
寮生活をしながら卓球漬けの日々を送り、苦しい時期を乗り越えて大きな結果を残しました。
五所川原商業高校(現・下山学園)に特待生として入学
菊池日菜さんが進学したのは、青森県五所川原市にあった五所川原商業高校です。
同校は現在、「下山学園」という校名になっています。
五所川原商業高校は、卓球の強豪校として知られ、全国大会にもたびたび出場してきました。
菊池さんは卓球特待生として入学し、埼玉から青森へ卓球留学をする形になりました。
15歳で親元を離れ、雪の多い青森で生活を始める。
言葉にすると短いですが、かなり大きな決断だったはずです。
高校時代の青森については、後にSNSで思い出の場所やランニングコースに触れることもありました。
卓球だけでなく、寮生活や地域での暮らしも含めて、人生に深く残る3年間になったのでしょう。
強豪校で卓球に打ち込んだ寮生活
五所川原商業高校時代、菊池さんは親元を離れて寮で生活していました。
同じ目標を持つ仲間たちと共に、朝早くから夜遅くまで厳しい練習やトレーニングに打ち込んでいたそうです。
遊びたい気持ちを抑えながら卓球に向き合う日々でした。
慣れない土地での寮生活に加え、毎日の厳しい練習。
しかも周囲には、全国から集まった強い選手たちがいました。
中学から卓球を始めた菊池さんにとって、最初から順調だったわけではなさそうです。
それでも、あの3年間があったから今の自分がいるとも振り返っています。
普段はジャージ姿で卓球に向き合い、遊びたい気持ちを抑えながら練習を続ける。
華やかな芸能活動の前には、こうした地道で厳しい毎日があったんですね。
高校時代に団体戦で全国大会へ|新人戦ベスト8の実力
五所川原商業高校時代には、厳しい練習に耐え抜き、2021年のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)において団体戦に出場するなどの実績を残しました。
個人でも新人戦卓球選手権大会でベスト8まで進出するなどの結果を残しています。
中学から卓球を始めた選手が、強豪校のメンバーとして全国大会に立つ。
これは簡単にできることではありません。
慣れない土地での寮生活や厳しい練習など、苦しい時期もあったはずです。
それでも競技をやめず、日々練習を続け、全国の舞台で結果につなげました。
2021年度にはインターハイ団体戦だけでなく、東北高等学校選抜卓球大会にも出場しています。
高校時代に積み重ねた経験が、大学での卓球生活や芸能活動にもつながっていきました。
菊池日菜の学歴③大学|東京女子体育大学で競技と芸能を両立
菊池日菜さんは、東京都国立市にある東京女子体育大学に進学しました。
大学でも卓球部に所属し、関東学生リーグ2部で戦っています。
高校時代の厳しい寮生活とは違い、大学の卓球は比較的自由な環境だったようです。
それでも競技への取り組みは変わりませんでした。
全日本大学総合卓球選手権大会、いわゆるインカレには、2022年度から2025年度まで4年連続で団体出場しています。
芸能活動が始まってからも、大学の部活動と大会出場を続けていました。
学生最後のインカレに向けて、SNSで意気込みを伝えていたこともあります。
仕事が増えても、選手としての目標を見失わなかった。
その姿勢は、菊池さんの大きな魅力のひとつです。
2023年7月Tリーグ開幕戦のボールパーソン姿がSNSで話題に
菊池さんが大きな注目を集めたのは、2023年7月でした。
Tリーグ2023-24シーズンの開幕戦で、ボールパーソンを担当していたときの姿がSNSで拡散されたのです。
当時、観客が撮影した写真が投稿されると、「かわいすぎる卓球女子」「卓球天使」として一気に話題になりました。
Xのフォロワーは、わずか3日で約3万人増えたそうです。
試合に出場していたわけではなく、選手を支える役割として会場にいたときの出来事でした。
だからこそ、本人にとっては予想外だったでしょう。
中学生のころから憧れていたTリーグで、まさか自分が注目を集める側になる。
そんな展開、なかなか想像できないですよね。
この出来事をきっかけに、芸能事務所から声がかかり、芸能活動の道が開かれていきました。
2024年全日本選手権の混合ダブルスに出場し目標の舞台へ
2024年1月、菊池日菜さんは天皇杯・皇后杯 全日本卓球選手権大会に混合ダブルスで出場しました。
ペアを組んだのは、東北福祉大学の鈴木生吹喜選手です。
青森県代表として、日本の最高峰といえる全日本選手権の舞台に立ちました。
菊池さんにとって、全日本選手権への出場は大きな目標だったそうです。
中学から卓球を始め、青森の強豪校で鍛え、大学でも競技を続けた先にたどり着いた舞台でした。
その後の予選では思うような結果が出なかったこともありました。
2024年11月の青森県予選では、混合ダブルスで準決勝敗退となっています。
それでも「また来年頑張ります」と前向きに言葉を残していました。
勝った日も、負けた日も、競技を続けるなかで得られる経験は同じくらい大切だったのかもしれません。
2025年11月の大会を最後に競技に区切り|2026年3月に大学を卒業
菊池日菜さんは、大学4年生だった2025年に選手生活へ区切りをつけました。
最後の大会は、2025年11月だったと伝えられています。
大学に入った時点で、「4年間やり切ったら競技生活を終える」と決めていたそうです。
芸能活動が始まったあとも、大学卒業まで選手として卓球を続けたことになります。
そして2026年3月、東京女子体育大学を卒業しました。
卒業時には、白い振り袖にえんじ色の袴を合わせ、卒業証書を持った姿をSNSに投稿しています。
競技と芸能活動の両立は、きっと簡単ではなかったでしょう。
それでも4年間を走り抜け、選手としても学生としてもきちんと区切りをつけました。
晴れやかな卒業写真には、やり切った人らしい表情があったようです。
菊池日菜の芸能経歴|少年サンデー表紙から応援大使まで
SNSで注目されたことをきっかけに、菊池日菜さんは芸能活動を始めました。
雑誌の表紙やテレビ出演だけでなく、卓球の魅力を広める仕事にも積極的に取り組んでいます。
競技経験を生かした活動が、菊池さんらしさにつながっています。
2024年3月にseju所属|6月には週刊少年サンデーで表紙デビュー
菊池日菜さんは、2024年3月に芸能事務所sejuへ所属しました。
芸能活動を始めた理由には、将来は卓球界に貢献したいという思いがあったようです。
そして2024年6月26日発売の「週刊少年サンデー」31号で、表紙と巻頭グラビアに初登場しました。
芸能活動を始めて間もない時期に、いきなり少年誌の表紙を飾ったことになります。
撮影は南アルプスの自然のなかで行われました。
本人にとっては初めての本格的な撮影だったため、かなり緊張していたそうです。
それでも透明感のある姿が注目され、SNSでも大きな反響を集めました。
卓球のユニフォーム姿とはまた違う表情に、驚いた人も多かったのではないでしょうか。
「サンデー・ジャポン」など出演が増えタレントとして注目
「週刊少年サンデー」の表紙を飾った直後、菊池さんはTBS系「サンデー・ジャポン」に出演しました。
これが初めての生放送だったそうです。
緊張しながらも、自分の言葉でコメントする姿が印象に残った人も多いでしょう。
番組では、卓球で注目を集めるまでの経緯も紹介されました。
その後は「踊る!さんま御殿!!」や「日曜日の初耳学」など、テレビ出演の機会が増えていきます。
雑誌でも、「週刊プレイボーイ」「anan」「Safari」「りぼん」など、さまざまな媒体に登場しました。
スポーツ選手としての経験を持ちながら、タレントとしても活動する。
その珍しい立ち位置が、菊池さんならではの強みになっています。
映画『卓球少女 -閃光のかなたへ-』応援大使に就任した2025年
2025年、菊池日菜さんは映画『卓球少女 -閃光のかなたへ-』の応援大使に就任しました。
同作は卓球をテーマにしたアニメ作品で、日本語吹き替え版が2025年5月16日に公開されています。
菊池さんは、卓球経験者の目線から作品のリアルさに触れています。
試合中の動作や、卓球ならではの緊張感が丁寧に描かれていることに注目していたようです。
応援大使としては、卓球にちなんだチャレンジ企画にも参加しました。
コップにピンポン玉を入れる企画では、卓球選手らしいコントロール力を見せています。
作品を通して卓球に興味を持つ人が増えればうれしい。
そんな思いが伝わる仕事だったのではないでしょうか。
ノジマTリーグ2025-2026シーズン応援アンバサダーとして活動
菊池日菜さんは、ノジマTリーグ2025-2026シーズンの応援アンバサダーも務めました。
前シーズンには開幕記者会見に登場し、プレーオフでは応援大使としてコート上のインタビュアーも経験しています。
2025-2026シーズンは、開幕からプレーオフまで通してリーグを盛り上げる役割を担いました。
7月26日の男子開幕戦では、始球式にも登場しています。
本人は、選手たちの熱い戦いやTリーグの魅力を、より多くの人に伝えたいと話していました。
かつてはボールパーソンとして立っていたコートに、今度はリーグの応援アンバサダーとして戻る。
この流れには、どこか運命的なものを感じますよね。
卓球を知らなかった人から「Tリーグがおもしろい」と言ってもらえることが、菊池さんにとって大きなやりがいになっているようです。
菊池日菜の最新の活躍|2026年MU所属で俳優業へ本格挑戦
大学卒業後の2026年、菊池日菜さんは新たな道へ進み始めました。
前の事務所を離れ、卓球選手としての活動にも区切りをつけ、俳優業への挑戦を発表しています。
ここからは、菊池さんが選手から「伝える側」へ進む現在の姿を見ていきましょう。
2026年4月に前の事務所を離れて新たなスタートを報告
2026年4月、菊池日菜さんはこれまで所属していた環境を離れ、新たなスタートを切ることをSNSで報告しました。
これまで活動を支えてきた所属事務所であるsejuを離れ、次なるステップへ進むと伝えられています。
投稿では、今後も仕事に真摯に向き合い、さまざまなことに挑戦していく意思を示していました。
大学卒業という節目の時期でもあり、自分の将来を改めて考えたタイミングだったのでしょう。
応援してきた人にとっては驚きの知らせだったかもしれません。
ただ、卓球関連の活動は続けており、Tリーグの応援アンバサダーとしても存在感を見せていました。
環境が変わっても、卓球への思いまで変わるわけではありません。
その姿勢が、菊池さんらしいところです。
卓球10年間の競技生活に区切り|「4年間やり切る」と決めていた
2026年10月、菊池日菜さんは競技生活に区切りをつけたことを改めて報告しました。
中学から始めた卓球は、約10年間に及びます。
投稿では、楽しいことだけでなく、思うようにいかず苦しい時期もあったと振り返っています。
たくさん笑い、悩み、迷いながら、多くの仲間と出会った10年間だったようです。
そして大学入学時から、「4年間やり切ったら競技生活を終える」と決めていたことも明かしました。
芸能活動が忙しくなっても、大学での競技生活を最後までやり遂げた理由がわかります。
選手としては一区切りをつけながらも、これからもさまざまな形で卓球と関わっていきたいと語っています。
ラケットを置くことは、卓球との別れではない。
そんな前向きな決断だったようです。
2026年10月、株式会社MUへの所属を発表
2026年10月3日、菊池日菜さんは新たな芸能事務所「株式会社MU」への所属を発表しました。
MUには、俳優の波瑠さんをはじめ、さまざまな俳優やタレントが所属しています。
卓球選手として注目を集め、芸能活動を始め、新しい事務所へ。
少しずつ仕事の幅を広げてきたことが伝わります。
MUの公式プロフィールには、ドラマ「パラレル夫婦 死んだ僕と妻の真実」へのサプライズ出演歴も掲載されています。
ボールパーソンとして注目された大学生が、数年後には俳優として新しいスタートを切る。
人生はどこで大きく変わるかわからないものですね。
お芝居やアクションに挑戦|「伝える側」としてこれからの目標
MU所属後、菊池日菜さんは俳優としての活動を本格的に始めることを発表しました。
お芝居だけでなく、アクションなど新しい分野にも挑戦していく予定です。
卓球で鍛えてきた瞬発力や体の使い方は、アクションの仕事でも生かされるかもしれません。
これまでの競技経験が、俳優としてどんな表現につながるのか楽しみですね。
菊池さんは、卓球選手から「伝える側」へ進む思いも語っています。
卓球がもっと注目され、多くの人が興味を持ってくれるにはどうすればいいかを、常に考えているそうです。
選手としての活動を終えても、卓球への感謝と愛情は変わっていません。
中学から始めた卓球、青森での寮生活、全国大会、SNSでの話題、芸能活動、そして俳優業への挑戦。
どの場面でも目の前のことに向き合ってきた菊池日菜さん。
これからどんな作品で、どんな表情を見せてくれるのか注目です。
まとめ
中学から卓球を始めて、青森の強豪校で寮生活を送り、大学でもラケットを握り続けた菊池日菜さん。
2023年のTリーグ開幕戦、ボールパーソンをしていた姿がSNSで話題になり、「卓球天使」として一気に注目を集めました。
でも、かわいいだけじゃなかったって、知ってました?
地道に努力を重ねてきた姿を知ると、なんだか応援したくなりますよね。
2025年11月の大会を最後に競技へ区切りをつけ、2026年10月にはMUへの所属を発表しています。
これからは俳優として、お芝居やアクションにも挑戦していくそうです。
卓球で鍛えた力が、お芝居でどう光るのか。
楽しみですね。

